生成AIを入れた自治体で、何が変わった?
生成AIを導入した自治体は、もう珍しくありません。総務省の調査では、2025年10月末時点で、都道府県と指定都市のすべてが生成AIを導入しています。その他の市区町村でも、45.6%が導入済みです。
同じ調査は、全国1,788のすべての都道府県・市区町村から回答を得ています。AIで減った時間の使い道(複数回答)は、内部事務の見直しが637件、住民サービスの向上が622件、新しい施策・事業の検討と実施が441件でした。使い方では、計画案の作成が731件、仕様書案の作成が636件あり、あいさつ文や要約といった文章の時短を超えた使い方も広がっています。
それでも、ホワイトペーパー『行政AX』改訂第2版(以下、本書)は、導入によって行政の何が変わったのかを、住民や議会に説明できる自治体は多くないと指摘しています。あいさつ文や議事録の要約は速くなった。けれど、外部に頼む仕事の量や、政策のつくり方は、多くの場合変わっていない。本書は、ここに問題の芯があると見ています。
行政は長いあいだ、多くの仕事を外部に委託してきました。高度な専門性や大規模な運用が要る仕事を任せるのは、合理的な判断です。ただ、調査や計画の素案、広報物、簡易なシステムまで一括して委ねると、何を課題とし、何を良しとするかの判断が庁内に残りにくくなります。本書は、これを個々の職員の意欲ではなく、仕組みが生む当事者意識の問題として扱います。生成AIで、外に頼むしかなかった仕事の一部を、庁内でつくり、試し、直せるようになりました。行政AXは、この変化を使って、政策の結果を行政が自分たちのこととして引き受け直す取り組みです。
3つの段階は、何が違う?
本書は、行政AXの道筋を3つの段階で示します。違いは、AIの使い方ではありません。行政が何を自分のこととして引き受けるかです。
第1段の効率化AIでは、作業の速さを引き受けます。比べる対象は今の業務で、主に要るのはAIを使う力です。
第2段の財政改善AIでは、つくるものの出来と費用を引き受けます。比べる対象は今の成果物と契約額で、AIでつくる力と、品質を判断する力が要ります。
第3段の地域価値創造AIでは、地域の状態がどう変わったかを引き受けます。比べる既存の成果物はなく、地域の今の状態が出発点になります。要るのは、後で述べるAXアーキテクトの力です。
第1段の効率化AIは、既存の型を加速する使い方です。第3段は、まだない型をつくる収益進化AIを、公共の目的に置き換えた位置にあります。段階は進む順序を示しますが、自治体の優劣を測る物差しではありません。上の段に進んでも下の段は続きます。案件によっては、第2段と第3段を同時に始めることもあります。
効率化AIで、時間を取り戻すには?
効率化AIは、今ある業務を速く、正確にし、職員の負担を減らす使い方です。ただ、使い方を誤ると、品質の低いものを速く量産するだけになります。それらしい文章が大量に出てくるため、確認が追いつかず、誤りや一般論がそのまま庁外に出ていくおそれがあるからです。
本書は、今の業務をAIに置き換えるときのポイントを3つ挙げています。1つめは、AIにできること、できないことを知り、試しながら確かめ続けることです。性能は月単位で変わります。2つめは、背景情報を渡すことです。AIは優秀な新入職員のようなもので、その自治体の事情や経緯を知りません。目的、相手、経緯、守る条件、過去の資料を渡した分だけ、出力は地域の仕事に近づきます。3つめは、最後の責任を人が持つことです。神戸市の条例や東京都の手引きは、判断をAIに委ねず、職員が確かめて責任を負う線を文書にしています。
効率化AIでまず生まれるのは、時間です。予算ではありません。使い道を決めなければ、時間は別の作業に吸収されます。本書は、振り向け先として、住民や事業者の話を聞く現場と、外部に頼んできた仕事の見直しを挙げています。AIを使う前と後の時間・品質を記録し、生まれた時間の振り向け先と責任者を決める。この2つがそろって、次の段階につながります。
財政改善AIで、つくる力を取り戻すには?
財政改善AIは、外部から完成品として買っていた仕事のうち、AIでつくる費用が大きく下がった部分を見極め、職員がAIでつくるものに置き換えて、外注費を減らす取り組みです。あわせて、つくり、品質を判断し、直す力を庁内に残します。外注をなくす運動ではありません。庁内でつくるもの、外部と一緒につくるもの、外部に任せるものを、AIの時代の前提で選び直します。
職員がつくれるようになったのは、2つの壁が下がったためです。1つは、企画、文章、デザイン、プログラミングといった、つくる技術の壁です。もう1つは、政策動向や他の自治体の事例、統計分析といった、専門的な知見の壁です。ただし、AIが持つのは一般的な知見で、その地域で何が効くかの判断に要る現場の知識は、職員が持ち込みます。基幹システムや決済、個人情報を大量に扱う処理、法定資格に基づく判断などの壁は、下がっていません。
動き始めた自治体もあります。大阪府河内長野市の市長は2026年10月、行政計画の策定で外部コンサルタントへの一括委託を見直し、基礎調査や骨子・素案の作成を職員が生成AIで担うと表明しました。高度な助言や客観的な検証が要る分野は、引き続き外部の専門家に頼みます。東京都は、職員が生成AIのアプリを自らつくれる共通基盤「A1」を内製で整え、2026年4月に本格運用を始めています。
本書は、一つの事業を層に分けて考えることを勧めています。たとえばプレミアム付商品券事業なら、案内ページや店舗募集のページ、よくある質問は職員が先につくり、発行基盤や決済、精算は外部に任せます。試作品があれば、外部に任せる範囲と受け入れの条件もはっきりします。
落とし穴もあります。AIに書かせたものを整えて採用するだけなら、委託の相手がAIに替わったにすぎません。避ける方法は、下書きで止めず、住民や事業者が使える状態まで職員がつくり切り、確認と決裁を経て出すことです。本書はこれをFPL(Full-Product Launch)と呼びます。つくったものを使う人に見せ、返ってきた声で直す。成果は、減った外注費(AIの利用料や職員の工数を含めた総コスト)、品質、庁内に残った力の3つで確かめます。
地域価値創造AIで、地域の未来をつくるとは?
第3段では、取り戻した時間とつくる力を、地域に向けます。本書が描く姿は、職員がAIを使いこなしながら、主体的に、スピード感を持って政策を立案して実行し、職員自身が地域で付加価値を生み出す担い手になることです。
具体的には、5つの姿を挙げています。変化を踏まえた政策を自ら立案し推進する。公共サービスを速く改善し内製する。地域の課題を解くツールを自らつくり、地域に実装する。地域の魅力を内外に発信する。自治体で培ったAXの力で、地域企業のAXを伴走して支える。
公表されている例もあります。神奈川県横須賀市は、生成AIによる相談の実証で、約3か月に1,000件を超える相談を受けました。福祉の相談の約69%は開庁時間外に寄せられています。既存の窓口を速くしたのではなく、届いていなかった時間帯に新しい入口をつくった例です。北海道芽室町では、窓口の職員が生成AIでつくった窓口支援システムが本番で稼働し、無償で公開されました。町は、コードを点検できる人や、保守の担い手と予算が決まっていないことも課題として公表しています。
ただ、職員が担い手になって地域の状態が変わったと言える公表事例は、まだ多くありません。本書は、第3段を多くの自治体にとって型がまだない段階だとしています。注意点も2つ挙げています。1つは、職員だけではできないことです。行政の役割は、地域企業の代わりに事業を行うことではありません。課題と公共の目的を決め、人をつなぎ、試せる場を整えることにあります。もう1つは、机上の空論に意味がないことです。成果は、つくったものの数ではなく、地域で何が変わったかで確かめます。
担い手には、どんな力が要る?
第2段までは比べる対象があるため、AIを使う力を中心に進められます。比べる対象のない第3段に進めるかは、何を変えるかを決め、仮説を確かめながら関係者を動かす人がいるかで決まります。本書は、この人材をAXアーキテクトと呼びます。AlphaDriveが提唱する人材像で、「ビジネスアーキテクトが土台として持つ能力 × AI時代に固有の能力」と定義されています。
本書は、行政で特に重要な力を3つに絞っています。『AXアーキテクトの実装論』が挙げるAIの力のうち2つに、現場の知識を扱う力を加えた組み合わせです。1つめはAIオーケストレーションです。仕事を工程に分け、AI、職員、外部の誰に何を任せるかを組み立てます。2つめはFPLです。下書きで止めず、使える形までつくって世に出します。3つめはPIマネジメントです。現場の知識と常識にとらわれない発想を掘り起こし、AIに注いで一般論ではない答えを引き出し、うまくいかなかった理由も含めて組織に残します。窓口、福祉、産業振興、防災の現場で職員が持つ知識は、地域の外から来る誰も持たない強みです。
AXアーキテクトは、研修を一度受ければなれるものではありません。効率化AIで使い始め、財政改善AIでつくって出し、地域価値創造AIで正解のない案件を担う。実務の中で育ちます。そのためには、実案件、時間、裁量、相談相手、成果を発表する場が要ります。それを用意できるのは首長と幹部です。宮崎県都城市と福岡県直方市では、市長が自らAI統括責任者(CAIO)に就いています。
三層分離があっても、始められる?
セキュリティは、AIの活用が効率化の先へ進まない理由として、最もよく挙がるものです。本書は、国のルールが定めているのは「使ってはいけない」ではなく、何を、どこで、どんな手順で扱うかだと整理しています。
自治体のネットワークを3つに分けて守る三層分離は、2026年3月の情報セキュリティポリシーのガイドライン改定でも変わっていません。どの環境に何を入れてよいかは、情報の機密性で決まります。公開している情報などの機密性1は、利用できる業務や許可する人などの規定を整えれば、約款に同意して使うクラウドのサービスでも扱えます。公表前の計画の素案など機密性2は、個別の条件を確かめた契約、つまり調達が要ります。
本書は、この整理をもとに「行政AX出島」という進め方を示しています。まず、対象の業務、端末、扱う情報、利用者、公開先、期間、停止の条件を限ります。その承認された範囲の中で、AIでつくって試し、公開し、評価することを繰り返す。この運用の単位を、本書は出島と呼びます。規則の例外をつくる場所ではありません。国のルールが求める責任者、人による確認、情報の分類を、最初から組み込んだ仕組みです。
何から始めればいい?
本書は、始め方を3つの順に示しています。
1つめは、まずAIを使い倒し、自分たちでできる領域を増やすことです。何ができて何ができないかを手を動かして確かめます。あわせて、次に外注する予定の「つくる仕事」を1つ選び、今の契約額と品質を記録しておきます。
2つめは、行政AX基盤を整え、出島の範囲を決めることです。全庁に一度に広げるのではなく、取り組みやすい政策分野から始めます。選ぶ基準は、公開している情報で完結すること、外注している制作物があること、住民や事業者に直接届くこと、手を挙げる職員がいることの4つです。観光、広報、移住・定住、産業振興や企業誘致の発信、イベントの運営などが当てはまりやすい分野です。最初は機密性1の情報だけを扱い、つくったものは職員が確認し、通常の決裁を経て公開します。
3つめは、財政改善のその先へ進むことです。財政改善で育った職員を通常業務に戻して終わりにせず、住民や地域企業と進める次の案件に就けます。商工部門は、商工会議所・商工会や地域金融機関とともに、地域企業の担い手と組みます。
首長が決めることは3点です。最初の案件を何にするか。担う職員に時間と裁量を渡すか。生まれた余力を次の案件に振り向けるか。本書は、行政AXは一つの実案件から始められるとしています。